Category: コラム

月の兎

今年の干支は兎である。

ウサギというと、小学生時代に学校で飼育していたことが思い出される。

ウサギは色々な所で登場する動物である。『不思議の国のアリス』「ピーターラビット』『うさぎとかめ』の昔話など。

お月様の話になると、お月様を見上げてみるとウサギがお餅をついている姿が見えるという。私は小さいときから、月を見てもウサギが見えたことはなかった。皮肉れものだった。

なぜ月にウサギなのか。これは仏教の説話に繋がっている。帝釈天がよぼよぼの老人に化け、ウサギ・サル・キツネの前で「何か食べ物が欲しい」と伝えたところ、キツネは川に行き魚を獲ってきたり、サルは木の実を採ってきたり、村人から野菜や畑のものを盗んで食べ物を集めてきた。一方ウサギは野山を駆けずり回って探したが、何も集めることができなかった。戻ってみると、サルとキツネはウサギを罵った。ウサギは自分が集められなかったのを申し訳なかったと、代わりに自分を食べてほしいと、囲炉裏の中に身を投じたという。その時に帝釈天は本来の姿になり、ウサギの善行を称え、人々にウサギの善行を忘れないようにと、月にウサギの姿を残したという。月にウサギはこの話が背景にあるらしい。

そんな気持ちで月を見られる日が来てほしいと願っているのは私だけだろうか。

『ラーゲリより愛をこめて』

先日、映画『ラーゲリより愛をこめて』を見てきた。シベリアの捕虜収容所の話で、元嵐の二宮君が主演の映画だ。ソ連が日ソ不可侵条約を破棄して満州を空爆する映像がオープニングだった。家族が離れ離れなる。父親が「こうして家族で食事ができる今が一番大切」と力説する。

収容所生活では仲間たちから絶大な信頼を受ける。そんな時病気にかかり、余命3ヶ月の運命となる。家族は父の帰国を首を長くして待っている。『ダモイ』を合言葉に収容所の捕虜たちは希望を捨てずに生きていく。『ダモイ』、ロシア語で『帰国』を意味する。仲間たちは余命のない主人公に、家族に遺書を残すことを勧める。遺書は書けるが、ソ連兵に見つかると文字はスパイ容疑として逮捕されてしまう。案の定、隠した遺書はすべて見つかって取り上げられてしまった。この事態を予測していた仲間たち4人は、全ての遺書を4つに分解して、それぞれが、遺書の文章を朗読できるまで暗記した。帰国後、遺族の家にそれぞれ4人が出向き、父親の遺書を文章にして届け、その場で朗読する。この映画は戦争映画ではなく、出口の見えない今を生きる人たちに向けたメッセージだと痛感した。

私の父親は、そのシベリアで収容所にいた人物だ。遺品の中には竹下総理からの3段重ねの金杯があった。映画を見てあの長く苦しい生活が金杯。それを思うと私の父親は何を遺族に伝えたかったのだろうか。

親孝行には厳しい現実が付きまとう。

M-1グランプリ

年末になるとお笑い芸人のM-1グランプリが行われる。芸人さんの努力の結晶とも思われるほどの盛り上がりを見せている。

TVで拝見すると、審査員の好みがはっきりしている。何を基準にしているのか疑問に思う時があるが、自分の面白い事が他人には面白くないと伝わっている。

優勝すると1000万円の賞金がもらえる。賞金の背景より優勝した後TV出演やCM出演などオファーが殺到する。収入も急激に上昇する。生きるための関門でもあるようにも思える。優勝できなくてもM-1グランプリのファイナリストであれば出演をきっかけに今後の活動に大きく影響する。審査員の判断がその芸人の人生を大きく左右するのだ。

人の価値観は違っていていいと思う。その不安定な基準で優勝する芸人さんは本物に思われる。ネタも考えないと作れない。知能を活かし、お笑いという内容で人前で披露する。単純なお茶の間での笑いではないところに、芸術性を感じるのは私だけだろうか。

ネタ作りからコンビでの打ち合わせ、本番までの練習。など苦労の数をあげればきりがなだろう。世の中の暗いニュースが蔓延している中で、笑いは世界を救う力があるのではないだろうか。

我が子を思う

『LION(ライオン)25年目のただいま』という題名の映画がある。5歳のサル―が停車中の列車で眠り込み、見知らぬ土地に運ばれ、そこから数奇な人生を歩むことになるストーリーだ。実話である。サル―は、やがてオーストラリアの夫妻の養子になる。大学のクラスメイトとGoogleアースを使い、かすかな記憶を頼りに生まれた故郷を探し始める。苦労して見つけた結果、故郷の実母と妹に会うことができた。兄はサル―が列車に乗り込んだ直後、後続列車にはねられ死亡していたことが分かった。

この映画の主人公、サル―・ブライアリー氏は、自身の経験からインドで孤児院を運営している。オーストラリアへの養子縁組の活動も積極的に取り組んでいる。孤児たちの実情は政界中に広まったことだろう。

自分の子どもがこうなっていたらどうだろう…。映画を見た親は共感して、何かできないだろうかと思い始めるに違いない。比較にはならないが、私も「不登校生」が通うフリースクールを運営している。我が子の不登校経験を活かしての思いは一つである。

しもつかれ

栃木の郷土料理に『しもつかれ』がある。幼少時代は見向きもしなかったが、糖質やカロリーを気にする年齢になると、やけに『しもつかれ』が美味しく感じるようになった。それぞれの家庭で味も違うと言われ、手間もかかるようだ。ただ見た目が今一つで、透明のビニール袋に入れたりすると、まさに勘違いも甚だしく一気に食欲が減退する。ところが、食べてビックリなかなかの味だ。見た目と味がこれほど違うものはそうあるもではない。

人も同じに思える。見た目もあるが、人の本質はもっと大事になる。表面だけでは我が子すら分からない事がある。我が子だからという思い込みを捨て、一人の人間として成長を見守ることは不可能だろうか?世の親たちが、我が子だからの思いを捨てられたら『不登校生』たちはどれほど救われ、正常な親子関係を築けることだろう。

「師走」~しはす~

師走である。

和尚さんが二人で「おしょうが(ツー)」(お正月)…。昭和の漫才ではよく耳にしたおやじギャグである。

師は僧侶を指すようで、昔は冬の季節に仏事が多かったようで、師が忙しく走り回る「しがはせる」、ここから「しはす」になったという説の一つである。

僧侶は昔から知識・知恵者で戦国時代は武将を育てるのに必ず僧侶が出てきた。今川家の家臣に「太原雪斎」とい軍僧がいた。人質時代に徳川家康もこの軍僧に影響を受けている。説話の一つに雪斎が元家(家康)に「信・食・武から最初に除くとすればどれか?」と聞くと、元家は「武」と答え正解した。次に「信」と答え、「食」を残した。雪斎は「大将という者、一つの饅頭を家臣に分け合えば家臣と共に生きられ「信」も生まれる、大将が独り占めすれば家臣はない。」と伝えたそうだ。家康の忍耐強さは、ここにあったのではないだろうか。

忍耐とはいかなくても少しの我慢は何事にも必要と思う。戦国時代は大将の器で家臣との間に「信」が生まれた。現代ではそうだろうか?一国の首相と国民はこの「信」で繋がっているだろうか?

人との出会い

今年の3月に偉大な人物が他界された。教育に熱く、生徒や子どもたちに何が出来るか、生徒の側にたった教育を実践しきた素晴らしい人物だ。

最初の出会いは「みかん校舎」と呼ばれる場所で、なんと午前10時に伺って帰路についたのは夜の8時だった。昼食・夕食と2食頂き、何し来たのか忘れる程だった。最後にその人物は、スタッフに背負われ校舎を後にした。何とも風変わりな面談だ。

夕食時、その人物は食材を手づかみして鍋の中に入れ、「俺、さっきトイレ行って、手を洗っていなかった。」とおどけてみせた。素顔をだけでなく、自分の来客の対応まで明け透けに見せる。「見せかけはいい!本気で考えてくれ!信頼するなら自分を信じろ!!」とい痛烈なメッセージを感じた。通信制高校「夢作志学院」を始めたきっかけだ。

人の出会いは人生を左右する程大事なものだ。コロナ渦で外に行けない閉ざされた時期は、何もかも後退させられてしまったように思えてならない。

「伊豆の踊子」

国語の授業で『伊豆の踊子』を扱った。川端康成の作品だ。昭和世代の方々は懐かしい人物だろう。1968年にノーベル文学賞を受賞した作家だ。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」は有名な一節だ。人の心を文学作品として、見事に描かれた作品だ。『伊豆の踊子』では、初恋がテーマと言われている。主人公が踊り子に想いを寄せる、その様子が「花のように笑うという言葉が、彼女には本当だった」と表現されている。寄せる想いを直接的な言葉ではないが、その様子を見事に表現している一文だ。天才だ!!

この作品の後には、映画化され山口百恵さんと三浦友和さんが出演されている。天才となんとか紙一重と言うが、川端康成さんは、ノーベル賞を受賞した2年後にガス自殺を図っている。人は分からないものである。

オムニチャネル

「オムニチャネル」。最近、勉強中に出てきた言葉だ。オムニというから”オムニバス映画”などをイメージしたが、直訳では「全ての経路」のようだ。販売者と顧客の接点に当たり複数の販路を意識せず、消費行動に繋げるらしい。利便性からはみたら、たいへん素晴らしい。

Web上でのやり取りは盛んに進化している。しかしながら、一方で「人の心」はどうだろうか?消費行動が高度化される中で、人の心も比例して進化しているだろうか?

子供の虐待、少子・高齢社会、給付金における詐欺事件、不登校問題、などなど社会問題が山済みだ。インターネットの成長は悪い事ではない。反面、それを利用する人の心も同時に良い方向に進化させたいと思うのは私だけだろうか。

沖縄に思いを馳せて

修学旅行で沖縄に行くことが多い。沖縄は米軍基地の問題がいまだに続いている。沖縄は戦後ではない。本土復帰から50年。先人の方々は今の沖縄はどのように映っているのだろうか。

最近『島守の塔』が上映された。宇都宮ゆかりの荒井退造さんも描かれている。当時の沖縄県民を何千人と助けたと記録にある。

また、沖縄の青年たちが基地問題を笑いに変えて頑張っていることが伝えられた。地元のお笑い芸人たちだ。基地問題を正面から受け止めて住民を和ませているだけでなく、基地問題を他人事にせず生きている。この姿はNHKでも取り上げられ、今年の5月に放送された。学ぶべき姿の一つと思う。

ひめゆりの塔の歴史は、今の同世代にどう映っているのか。